開発経緯

当て金の問題

鍛金という技法はとても楽しいものです。 

ところが「当て金」という独特の道具のために、思い通りにいかないこともあります。

従来から使われてきた「坊主床」はとても有効な道具で、多くの形状を作ることが出来ます。
ボウルのような口が広い器であれば、ほぼ概要を作ることが出来ます。
しかし、内側を滑らかに仕上げたいと思うと、その丸みに合った「当て面」が必要です。
そのため、「坊主床」も多種類のサイズが使用されてきました。

また、鍋のような形状になると「坊主床」だけでは限度があります。
胴の部分は筒の側面のように直線的な形状が一般的ですから、甲丸形の「当て面」が望ましいです。
その場合も内側を滑らかに仕上げたいと思うと、その形状に合った「当て面」が必要です。
「当て面」は目的の形状に合っていることが望ましいので、形状とサイズ毎に必要です。

また、支持部が当たって「当て面」が奥まで届かなくなることもあります。
その場合の当て金は「への字床」を使いますが、やはり、その丸みに合った「当て面」が必要ですから、形状とサイズ毎に必要です。特に細長い花器や口の小さい壺形のような場合は専用の「当て金」を作ることはよくありました。

このように、新しいデザインを実行する前にそれを可能にするための「当て金」を追加して作ることはしばしばあります。その労力は小さくありません。

この問題を解決したい、ということが当て金の改良の理由でした。
わずかな「当て金」で多くの機能を持たせたい、
そのためには「当て金」とは何なのか、という原点を確認することが第一歩です。

元々「当て金」とは「金床」の変化した物で、シンプルな金床では「当て」られない作業のため、「機能面部」をオフセットさせた道具です。
つまり、機能部分を任意の位置に据える物を作れば良い、ということです。
それを実現するために様々な試みをして、ようやくお役に立てる道具になりました。
名称をソケット式当て金「RT」ギア式当て金「RTG」としました。

以下に、その経緯を書いた文を置きます。
関心を持っていただけましたらお読みください。
ご感想やご意見をいただけましたら幸いです。

2024年4月ホームページの更新にあたって 開発者  鬼頭正信

当て金の改良

「鎚」の元は石ころであり、持ちやすいように柄がつけられ、使いやすいように形が考えられて来た。
「当て金」の元は「金床」であり古代では安定した岩や石であった。当て金は鎚が改良されたようにその金床が使いやすいように変化しただけのもの。当然どっしりと安定したもの程使いやすい。しかし小さな細工に巨大な金床や鎚が必要というはずはなく、むしろ小さい道具が使いやすい。
要は作業に応じた機能、大きさ、強度、精度等が望ましい。

力を加える鎚、力を受ける金床、ひっくり返せば同じこと。しばしばタガネや金鎚を小物の当て金として代用できるように、金床・当て金・当て盤・鎚・タガネは石ころが改良されてきたものと思ってよい。違いは金床や当て金は固定して使うので、安定してかつ望む位置に望む形のものがあって欲しい、というものだし、鎚や当て盤は手に持って使うので使い心地の良い重さや形のものが欲しいというものである。そこで道具は多い程よいということになりがちだ。しかし当然限度がある。それよりも少ない道具を有効に使うか、初めから多様な働きをする道具を考えるほうが良い。

当て金で絞り作業をしたことのある人は、望ましい当て金が無いとか、有っても作り進むうちに当て金の面が合わなくなるとか、脚(支持部)の曲がりが合わなくなるという経験を味わっているであろう。形や位置が変化できる当て金を作れないだろうか。面の部分(又は脚)だけを交換出来ればかなり改善できると思われる。多機能な当て金の開発を始める。

先ず、従来の当て金の頭の部分を切り放し、ソケットを設け、任意の頭をつけ替えていく、と考える。頭をそのまま使って、脚を変える場合も同じ対応である。 構造はなるべくシンプルなこと、改造や追加が容易なこと、入手しやすい市販のもので作れること、初心者向きにも有効なこと、応用性が広いこと(ヤニ台・鉛台・木・ゴムをセットできる)などを実現させたい。
よって頭に丸棒(軸)を付けて、ソケットをバイス式にすることにより固定と交換を可能にする。この丸棒(軸)を付けるということは、頭を任意の方向・位置に据え付けられるということであり、1つの頭の全ての部分を使うことができるようになる。(ソケットの方向を変えて横挿しにセットすることでさらに有効性が増す。)また、新たに当て金を造る場合にも頭の部分だけを造ればよいし、改造や手入れも軽いので容易であるなど、多くの利点が生まれた。

後になって気がついたのだが、この構造は自転車のサドルの固定調節部と同じ原理であった。
またこのシステムの開発中に、よく似た道具を見たことがある。「への字床」の頭を取り替え式にしたもので、道具の角足部を先端の角穴に差し込むだけのシンプルなものであった。自分としてはとても良い物を考案したつもりでいたが誰でも同じように考えるもののようだ。それはドイツ製とのことで、かつてドイツのフオルツハイム造形大学を訪問した折に金工室で見た道具に近いものだった。その取り替え式の頭はアンビルの角穴に差し込んで使う道具と同じ部類であり、アンビルの一部をさらに延長し角穴を設ければさぞかし安定して具合がよいかと思われる。ドイツの道具は実に合理的で、蜂の巣床と万力の合体したようなものなど楽しいものがたくさんあった。(海外では昔から角穴式が普及していた)
以上のドイツ式とこのシステムが異なるのは角穴ではなく、丸穴であることで任意の方向が可能なことと、バイス式であることで任意の位置に据え付けられるということである。

この道具を特殊な(Special)ソケット(Socket)を使う道具として「SS式当て金」と呼んでいたが、ダクタイル鋳鉄製の製品版から「RT」と呼ぶことにした。
(この道具の特徴は「当て金紹介」の「RTの紹介」のページに詳細説明あり)
主な欠点:ソケットや丸軸部の精度が悪いと安定性が弱く、ある程度の精度を要す。故に、当て面だけでなく、ソケットや丸軸部も丁寧に取り扱う必要がある。 (特に小型ほど精度が必要)



この欠点については「角度可変用ギア」の開発により解放された。素朴なギアによる接続であり、「ソケット式」の丸軸部ほどの精度を要しない。
(「角度可変用ギア」の説明については「当て金紹介」の「角度可変式の紹介」のページに詳細説明あり)

RT・RTGの開発

初期の試作からソケット式当て金「SS式当て金」へ
現在の多機能な当て金を「RT」「RTG」と称していますが、その前の溶接を主とした構造のソケット式当て金を「SS式当て金」と称してきました。特殊な(Special)ソケット(Socket)を使う当て金として、または、軸(Shaft)を据え付ける(Set)当て金として、そう呼んできました。
それより前にも合理的な道具の必要は感じていたので、様々な試みはしていました。実際に試作試用して実感を得たのは仏像を制作した時でした。シャフトホルダーと呼ばれる構造を組み合わせ、任意の位置に機能ポイントを設定するという構造体です。「丸軸保持具」と称していましたが、大型なので丸軸はパイプを使用しました。最初の機能ポイントには松脂台を据えましたが、充分有効であることを確認したので、当て面となる部品を据えられる構造を考えました。それが前述のように機能部分に丸棒(軸)を付けて、ソケットをバイス式にすることにより固定と交換を可能にする、という方法です。寸法的には普段使っている当て金の寸法に近い物を主に開発しました。
対外的な製品としての開発
その機能は充分に有効でしたが、その道具を作る人のスキルの差が快適性に影響するため、安定した物とは言えませんでした。試作や改良をしながら身近な仲間で使っていましたが、2006年、名古屋造形芸術大学から備品として購入のお話をいただきました。とても光栄なことですが、その頃の品質レベルで納めるのはためらいました。
その機会にダクタイル鋳鉄製の安定した道具として作ることを決めました。
「RT」の始まり
幸い、ダクタイル鋳鉄を専門とするクロダイト工業株式会社にご縁があり、協力をいただきました。ダクタイル鋳鉄は鋳鉄でありながら強靭であるため、鍛金の強い打撃作業に安心して使えます。
先ず、「基本型」を製作し、予想通り良好な結果を得ました。鋳造なので滑らかな形状に出来たこととソケット部の加工もクロダイト社によって美しく実現しました。その結果から「ぶったて型」「延長用」「万力型」の製作に進みました。
それにより、理想に近い道具として製作可能となり、従来の溶接を主とした構造のソケット式当て金と区別するために「RT」と称することにしました。
(「R」の字を採用したのは西洋の角型のピンに対して、丸軸を任意の位置・角度に固定できる構造であることと、やさしい感じのする好きな文字だから、などなど。)(実はこの「RT」の開発には父:利吉も全面的に協力してくれましたので、そのイニシャルの「R」とToolの「T」を組み合わせたのも本音です。)
小型と大型
「RT」はその後、小型の「RT16」も製作しました。当初の物は「RT24」として、丸軸のサイズで分けています。
また、「SS式当て金」の丸軸のサイズ∅38の大型の物については需要も少ないし、機能優先で良いので従来の溶接の方法で継続することとしました。当工房では大型作品も作ってきましたので、有効な道具です。
「角度可変式」から「RTG」の開発へ
最初の「丸軸保持具」は機能部分に前後方向の角度を変えられる構造で作りました。当然有効な構造なので、「SS式当て金」の開発時にその構造を持つ部品も作りました。しかし、松脂作業は出来ても鍛金の強い打撃を繰り返す作業では様々な滑り止めを工夫しても角度が徐々に変わってしまい、安定させるのが難しい状況でした。
そこで自転車のサドルの固定に使われているギアを転用してギアを噛み合わせる構造の部品を作ってみましたら、充分に安定することを確認しました。しかし、試作品は出来ても製品にするにはかなり難しい形状で、鍛造で作るにはコストを考えると困難でした。
そこでこのギア付き部品もダクタイル鋳造で試みることにしました。問題はギアを細かくするほどコストが高くなることでした。少ない歯数で効果を得るため、16山としました。水平・垂直・45度、そしてそれらの間を選ぶことが出来ます。先ず、延長用部品のソケット部をギアにして、そこに同じギアを付けたソケットを任意の角度で組み付けるという方法にしました。幸い、ギア部も鍛金の強い打撃に耐えられることが確認でき、「ギア式ソケット」と「ギア式延長用」として製品化しました。この構造は期待通りに有効で、ようやく「角度可変式」が実現しました。
さらに当て面部品も丸軸をギアにした物を作り、ソケットを使わずに据えつけることでシンプルにできました。また、ギアは充分な強度があるため、このギア接続で支持体の角度も変えられる物を作りました。これらの道具を「RTG」と名付けました。(この開発は愛知県の助成を受けて完成しました)
「RT」の姉妹工具として互換性もあり、併用することで多様な構成を可能にしました。

これからも新しい機能を開拓し、鍛金をさらに快適に楽しめるようにしていきたいと思っています。

開発の想いと感謝

これまで様々な作品や物を造ってきた中で、楽しさと同時にいろんな困難にぶつかって来ました。道具や技術の問題も、それらのひとつでした。それを乗り越えながら目標に向かって行くことは、ささやかながらも達成感を得られるという、ものづくりの魅力でもあります。ものづくりには、自分の道具は自分でつくる、という基本があります。どんな高級な道具よりも、自分で作った道具ほど自分に合う道具はないでしょう。また、材料に関しても、鉱石の採掘・製錬からすべてを自分で行いたい、というのは多くの人が望むことであり、それが出来たら幸せです。
しかし、絵の具や絵筆の作り方を知らない多くの人が、素敵な絵を描いています。また、陶芸の本質を知らないでも、多くの人が焼き物を楽しんでいます。趣味で楽しむだけのつもりでいたのが、熱中したり向上心が湧いていつのまにかレベルも上がります。
金属の場合は、基本を経験する機会も少なく、そうは容易くないかもしれませんが、道具が改善されれば、かなり楽しめるようになると思います。
そんな想いからこの道具を紹介させていただきます。
多くの方が鍛金を楽しんでくださいますように。

この道具「RT」「RTG」は強靭なダクタイル鋳鉄で作ってあります。
クロダイト工業株式会社様によって実現しました。
絶大な協力を頂き、信頼できる道具として生まれました。
他にも多くの方の協力をいただいていますこと、感謝しています。

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2010年、中部デザイン団体協議会の主催する事業で、
「RT」が中部デザイン協会の推薦を頂き
CCDOデザインアオード2009に入選しました。
華やかなデザインの世界で、地味な金床「RT」に目を向けて頂いたことをとても嬉しく思います。

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2013年、金沢市と金沢美術工芸大学による
「現代の百工比照」の蒐集の中に「RT」を加えていただき、
2015年、金沢21世紀美術館での
「平成の百工比照」展にて披露いただきました。
優れた資料として受け入れて頂き誠に光栄であります。

初期の当て金開発経緯

初期の「SS式当て金」と呼んでいたソケット式の当て金は鋼材を溶接し、加工して作っていました。
ご自分で作ることも可能です。ご連絡いただければ資料も提供します。
以下に経緯とそれらの例を示す予定です。
    (当て面部品については現在のカタログの物とほぼ同様です)

これ以下は準備中です。